はじめに:商標登録ってなんのためにするの?
「商標登録」という言葉を聞いたことのある方は少なくないと思います。日本では100年以上の歴史のある制度で、商売上の目印を登録することによって商標権という権利を与え、これによりその目印を独占的に使えるようにしつつ、他人から真似されないようにするという制度です。
ここで、自分は別に独占するつもりはないから商標登録は要らないね、と思われた方は要注意です。あなたは独占を欲していないとしても、独占したい誰か他の人が、あなたのブランドと同じようなブランドを登録してしまうと、その人から「商標権侵害だ!」として権利行使を受ける可能性があります。
他人から権利行使を受けないようにするためには、権利行使を受けない地位に立つ必要がありますが、これはとても簡単で、その商標を独占できる地位に立てば良いということになります。その商標を独占しているということは、自分の領土内には誰も入ってこないわけですから、誰かから文句を言われる筋合いもありませんね。
つまり、安心して自分のブランドを使い続けるために、商標登録を受けておくことが必要だということになります。結局のところ、事業を営んでいる方であれば、ほぼ漏れなく商標登録が必要ということになるということを、まず覚えておいてくださいね。
どんな業種でも、商標登録はほぼ必須!
商標に関する3つの原則
では次に、商標登録を受けるにあたり、知っておいて欲しい3つの原則を噛み砕いてお伝えしたいと思います。
登録主義
まず一つ目が「登録主義(とうろくしゅぎ)」です。商標登録を受けると、商標権という権利が発生するのですが、この商標権の発生を、商標登録という事実に基づくこととする原則です。
言い換えると、どれだけご自身の商標を使っていても、商標登録を受けないことには商標権は発生しないということです。このため、商標登録を受けないで商標を使っていても、商標権を持っていないのですから、商標権を誰かに行使することはできないということになります。商標権を取得するためには、商標登録を受けなければならないということを覚えておいてください。
先願主義
次に「先願主義(せんがんしゅぎ)」です。商標登録を受けられるのは、一番先に願書を提出した人とする原則です。
商標登録を受けるためには、特許庁という官庁に出願書類(願書)を提出する必要があります。ここで、同じような商標を何人もの人が出願していたら、誰を優先させたらいいのでしょうか。考え方は3つあって、①先に使っていた人を優先する、②先に願書を出した人を優先する、③くじなどの方法で選ぶ、というものが挙げられます。
ここで、①の先に使っていた人を優先するやり方だと、審査する特許庁の側としてはどうでしょうか。いくつも願書がバラバラと送られてきて、その審査をするときに、Aさんのものは●県のどこでいつから使っていて、Bさんのものは▲県で・・・というようにいちいち確認をしていては、いつまで経っても審査が終わりません。何とか審査が終わっても、その後で出願した人が、実は一番はじめに使っていたのだ、ということになると、どんどんややこしいことになりかねません。
一方、②の先に願書を提出した人を優先するやり方だとどうでしょうか。審査をする特許庁としては、受取日をはっきりさせておきさえすれば、後から受け取った願書のことは気にする必要がなくなります。日本をはじめとする多くの国は、願書の提出日という、誰から見ても明確な基準とすることで、審査を簡素化しているんですね。
③のくじなどの方法は、同じ日に複数の人が出願した際に活用されているやり方になります。
属地主義
最後が「属地主義(ぞくちしゅぎ)」です。商標権の効力は、権利が発生したその国限りであるという原則です。
商標権は、日本の法律の一つである「商標法」に基づいて付与されます。商標法は、日本の法律ですから、当然のことながらその効力は日本の領土内に限られます。ですから、日本で商標登録を受けて発生した商標権は、お隣の中国や韓国では通用しません。逆に、中国や韓国の商標権は、日本では効力を生じません。
なんとも当たり前のことのようですが、商品やサービスは簡単に国境を越えていきますので、これはとても大切な原則です。日本で登録を受けていれば世界中どこでも大丈夫と誤解されている方も少なくありませんので、もし誤解されていたら、ここで覚えていってくださいね。
どこにどうやって手続きしたらいい?
では次に、商標登録を受けるにはどうしたらいいかをお伝えしていきたいと思います。
当たり前ですが、特許庁の方から「あなたはこの商標を使っているから登録しておきますね」というようなことは言ってもらえません。どの商標を登録するかというのは、ご自身で決めて頂く必要があります。
どの商標を登録するかが決まったら、特許庁という官庁に、出願書類(願書)を提出します。願書を提出することを、一言で「出願」と言います。
出願の仕方は、大きく分けて2種類あり、紙の願書を特許庁に持参または郵送するやり方と、インターネットを通じてオンラインでするやり方があります。紙の願書にする場合、願書に特許印紙を貼り付けて提出するのですが、特許庁で紙の願書を電子化する必要があるため、特許庁の出願手数料のほかに、追加の電子化手数料を特許庁に納付する必要があります。
インターネットを通じてオンラインで出願する場合には、専用ソフトをご自身のパソコンにインストールする必要があります(Windows端末のみ対応)。専用ソフトの利用には、電子証明書が必要になりますので、セットアップをして実際に使えるようになるまでには、多少の手間と慣れが必要かもしれません。
オンラインの方が安く済むけど設定が少し大変
他人の先行商標があったら登録を受けられない-どう調べる?
商標登録を受けるためには、満たさないといけない条件がいくつもありますが、この中で一番問題になりやすいと言っても過言ではないのが、他人の商標が既に存在しているかどうかです。
前述のとおり、商標権は、登録を受けることで発生し、登録を受けられるかどうかは誰の出願が一番先かという点から判断がされます。つまり、あなたが出願した時点で、同じような商標が既に出願されていたり登録されていたりすると、あなたの出願は審査を通過することができないことになります。
特許庁に出願をしてから審査結果が返ってくるまでには、概ね6〜12ヶ月程度がかかりますので、出願した段階では、あなたの商標が登録されるかどうかは分からない状態と言えます。出願をしてから半年も一年も待った挙げ句、登録を受けられませんということになると、ビジネス上の問題が生じかねませんので、できることなら出願前に見通しは立てておきたいと言えます。
そこで、おすすめなのが、商標調査を行うことです。特許庁では、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)という無料ツールを公開しています。また、有料にはなりますが、民間の商標データベースもあります。
気になる商標がある場合には、まずは無料の特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を使って見てみると良いのではないでしょうか。
出願前の商標調査がおすすめ。無料ツールで最低限の調査はできる
願書を作ってみよう
それでは次に、実際に願書を作るために必要なことをお伝えしていきたいと思います。紙の願書を作成する場合を想定して、説明してまいります。
願書の書式
願書は、特許庁で決められたフォーマットがありますので、これに従って作っていく必要があります。紙の願書の書式は以下のリンクから手に入りますので、ダウンロードしてください。
独立行政法人 工業所有権情報・研修館|各種申請書類一覧(紙手続の様式)
商標
願書の書式が手に入ったら、今度は「商標」の欄を埋めていきます。登録を受けたい商標は、文字でしょうか。それとも図形でしょうか。イラストやシンボルマーク、立体的な形状、ホログラムなど、商標にも色々と種類があります。
登録を受けたい商標が決まったら、これを願書に入力するか、貼り付けます。一旦提出した願書に記載された商標は、後から修正ができませんので、どのような商標について出願するかというのは慎重に決める必要があります。
ちなみに、商標というのは商売上の目印ですから、登録を受けなければならないのは商品名やサービス名だけに限りません。何が商標になるかは、客観的に判断されますので、何気なく使っている語句や図形なども、商標登録を受けるべきという場合もありえます。
前述の、調査対象の商標を特定する段階から、どのような商標について登録を受けたいかは考えておく必要があります。
指定商品・指定役務
出願する商標が決まったら、今度は希望する商品・サービスを特定していきます。指定する商品を「指定商品」といい、指定するサービスを「指定役務(していえきむ)」といいます。
商品・サービスの特定は、権利範囲に関わってくるため、商標の特定とともに、慎重に検討する必要があります。指定すべき範囲が足りていないと、せっかく登録を受けても不十分な商標権となってしまい、前述の誰かから文句を言われるリスクが残ってしまいます。一方で、無駄に広く指定すると、出願・登録に無駄な費用がかかってしまいます。
世の中にはありとあらゆる商品やサービスがありますが、商標の世界では、世の中の商品やサービスを45の区分に分類しており、どの区分を指定するかで権利範囲も料金も変わってきます。全ての区分を指定することもできなくはありませんが、そうすると、特許庁に納める手数料・登録料だけでも166万円ほど(10年分の登録料で計算・2021年10月現在)になってしまうので、無闇に範囲を広げるというのも考えものです。
このため、余計なコストをかけることなく、必要十分な範囲を指定することが大切になってきます。
では、どのように商品やサービスを選んだら良いのでしょうか。45の区分というのは国際的に統一された区分けで、「国際分類」と呼ばれています。今では、多くの国がこの国際分類に準拠して商品・サービスの区分けをしています。45の区分それぞれの概要は、以下のとおりです。
商標法施行令第2条において規定する別表(政令別表)
区分 | 概要 |
第1類 |
工業用、科学用又は農業用の化学品 |
第2類 | 塗料、着色料及び腐食の防止用の調整品 |
第3類 | 洗浄剤及び化粧品 |
第4類 | 工業用油、工業用油脂、燃料及び光剤 |
第5類 | 薬剤 |
第6類 | 卑金属及びその製品 |
第7類 | 加工機械、原動機(陸上の乗物用のものを除く。)その他の機械 |
第8類 | 手動工具 |
第9類 | 科学用、航海用、測量用、写真用、音響用、映像用、計量用、信号用、検査用、救命用、教育用、計算用又は情報処理用の機械器具、光学式の機械器具及び電気の伝導用、電気回路の開閉用、変圧用、蓄電用、電圧調整用又は電気制御用の機械器具 |
第10類 | 医療用機械器具及び医療用品 |
第11類 | 照明用、加熱用、蒸気発生用、調理用、冷却用、乾燥用、換気用、給水用又は衛生用の装置 |
第12類 | 乗物その他移動用の装置 |
第13類 | 火器及び火工品 |
第14類 | 貴金属、貴金属製品であって他の類に属しないもの、宝飾品及び時計 |
第15類 | 楽器 |
第16類 | 紙、紙製品及び事務用品 |
第17類 | 電気絶縁用、断熱用又は防音用の材料及び材料用のプラスチック |
第18類 | 革及びその模造品、旅行用品並びに馬具 |
第19類 | 金属製でない建築材料 |
第20類 | 家具及びプラスチック製品であって他の類に属しないもの |
第21類 | 家庭用又は台所用の手動式の器具、化粧用具、ガラス製品及び磁器製品 |
第22類 | ロープ製品、帆布製品、詰物用の材料及び織物用の原料繊維 |
第23類 | 織物用の糸 |
第24類 | 織物及び家庭用の織物製カバー |
第25類 | 被服及び履物 |
第26類 | 裁縫用品 |
第27類 | 床敷物及び織物製でない壁掛け |
第28類 | がん具、遊戯用具及び運動用具 |
第29類 | 動物性の食品及び加工した野菜その他の食用園芸作物 |
第30類 | 加工した植物性の食品(他の類に属するものを除く。)及び調味料 |
第31類 | 加工していない陸産物、生きている動植物及び飼料 |
第32類 | アルコールを含有しない飲料及びビール |
第33類 | ビールを除くアルコール飲料 |
第34類 | たばこ、喫煙用具及びマッチ |
第35類 | 広告、事業の管理又は運営、事務処理及び小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供 |
第36類 | 金融、保険及び不動産の取引 |
第37類 | 建設、設置工事及び修理 |
第38類 | 電気通信 |
第39類 | 輸送、こん包及び保管並びに旅行の手配 |
第40類 | 物品の加工その他の処理 |
第41類 | 教育、訓練、娯楽、スポーツ及び文化活動 |
第42類 | 科学技術又は産業に関する調査研究及び設計並びに電子計算機又はソフトウェアの設計及び開発 |
第43類 | 飲食物の提供及び宿泊施設の提供 |
第44類 | 医療、動物の治療、人又は動物に関する衛生及び美容並びに農業、園芸又は林業に係る役務 |
第45類 |
冠婚葬祭に係る役務その他の個人の需要に応じて提供する役務(他の類に属するものを除く。)、警備及び法律事務 |
〔ご注意〕
商品・サービスを指定するに当たっては、特許庁の審査実務上「明確」である必要がありますが、上記の表は、あくまでも各区分の概要であって、明確な表示として願書に記載して問題ないものとは限りません。
また、区分の中でも細かく分かれていますので、必要十分な権利範囲を確保するためには、区分ごとに、個々に商品・サービスを指定していく必要がありますので、注意しましょう。
特許庁の審査実務に照らして明確な表示であるかどうかということについては、以下のリンクから調べることが可能ですので、参考にしてみてください。
なお、従来にない斬新な商品やサービスなどは、適切な保護を受けるためには、上記のリンク先に記載がないとしても、積極的に具体的な表現を記載していく必要があります。
出願人
商標と商品・サービスの特定が済んだらあと一息です。誰が出願人かを定めることは、誰が商標の持ち主であるかを決めるものですので、非常に重要です。
氏名又は名称の欄には、出願される方の氏名や会社名を記載します。住所又は居所の欄には、出願をされる方の住所や所在地を記載します。住民票や法人登記簿(現在事項証明書)に記載の表示を用いるのが一般的と言えます。
印紙代(特許庁の手数料)
最後に、特許庁に納付する手数料を記載します。料金は、基本料金3,400円に、区分数×8,600円を加えたものとなります。
1区分であれば12,000円、2区分であれば20,600円となります。出願する区分に応じた特許印紙を、願書の左上の欄に貼り付けて特許庁に提出します。割印は押さないようにしましょう。
なお、審査を通過すると、別途登録料を納付する必要があります。
その他
以上のほか、願書の細かいところを埋めていきましょう。「整理番号」の欄については、記載は任意です。「提出日」の欄は、提出する日付を和暦で記載するようにしましょう。「国籍・地域」の欄は、外国人の場合に記載することが必要なものですので、日本人・日本企業の場合は欄ごと削除して構いません。
願書の内容で権利範囲が変わる。法的な点を踏まえて権利範囲を設定しよう
弁理士に依頼することのメリット
以上、商標登録出願のやり方について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか。思っていたより難しそうとか、意外と自分でできそうとか、さまざま感想を持たれたかと思います。
ここまで、商標登録のためには、細かな分析と検討が欠かせないということはお伝えしてまいりました。とはいえ、実際、商標登録出願自体は、弁理士を代理人にすることなく手続きをすることは可能です。じっくりと時間をかけて勉強をして、ご自身で適切な出願をすることも不可能ではありません。
しかし、これから商標登録をしようという方の多くは、ご自身のビジネスに時間を割く方が、優先順位が高く、商標制度の勉強に費やす時間はそう多くないと思います。
弁理士というのは、商標や著作権などの知的財産を専門とする国家資格者で、100年以上の歴史を有しています。商標専門の弁理士にご依頼頂いた場合、貴重な時間の節約になるばかりか、最低限の費用で最大限の過不足ない商標登録の取得が可能となるという点に、メリットがあると言えるでしょう。
また、前述のように、どの商標を、どの商品・サービスについて出願するのかというのは、法的な判断が必要な事柄です。専門家に依頼することで、例えばイートインの「天ぷら屋さん」が、商品「天ぷら」を指定してしまうような間違いを防げるというのも大きなメリットと言えます。
本記事が、あなたのビジネスの安全・安心、そしてさらなる発展に活かされましたら幸いです。
当事務所では、商標登録に向けた相談費用は初回無料としておりますので、お気軽にご相談ください。
執筆者:弁理士 伊藤 大地
都内の市役所での勤務を経て、平成26年から老舗の商標専門の特許事務所に入所。以来、弁理士として主に国内外の商標登録に関する業務に従事。現在、伊藤国際商標特許事務所の代表弁理士を務める。日本をはじめ、世界各国における商標に関するサービスを提供している。